2009-04-11

録画してあったガイアの夜明けを子供をあやしながら見ていて、その給与体系に驚愕しました。(テレビではちらりとしか言っていなかったけど。) ネットでちょっと検索してみるとやはりMKタクシーの給与システムのことがあちこちで話題になってました。 タクシー運転手の皆さん・・・お疲れ様です・・・。

April 11, 2009 · 1 min · 胡田昌彦

2009-04-08

今日は幼稚園の入園式でした。娘は3歳と3ヶ月。なんだか本当にあっという間に大きくなってしまった気がします。私の母と姉もお祝いに来てくれて。 出掛けにご近所さんの同級生に会って、一緒に手をつないで幼稚園まで行って。 式は賑やかでしたが、無事に終了。 親としてはその辺の無関係な人でも捕まえて「娘が今日幼稚園に入園したんです!」「入園式できちんと名前を呼ばれて返事できたんです!」と言って回りたいような気持ちになりました。嬉しく、誇らしく、でもちょっと不安で、ちょっと寂しいような、そんな気持ちです。

April 8, 2009 · 1 min · 胡田昌彦

2009-04-06

ここのところまたしても娘の成長が目覚しいです。最近できるようになったこと。 三輪車を自分でこぐ (はじめは手伝ってあげての)逆立ち(3点倒立) 簡単なジグソーパズル(15ピース) ボタンをかける キュアピーチに変身(笑) 簡単な足し算 本(ひらがな、カタカナ)のスムーズな朗読 もうなんというか完全に子どもなんです。話をしてもきちんと通じるんです。教えてあげて、本人がやる気になれば結構なんでもできちゃうんです。 3年でこの成長というのは、本当に物凄いことだと思います。人間ってすごいなぁ。

April 6, 2009 · 1 min · 胡田昌彦

2009-04-06

嫁と娘はどちらも意地っ張りなタイプなので、放っておくと2人で意地の張り合いをして軽い喧嘩のような感じになります(笑)。 で、娘はちょっと悪いことをして嫁の気を引こうとするのですが、それが逆効果、というのがいつものパターン。 今日は夜寝るときにちょっと悪い子になってしまって、号泣して。明るいところで耳かきをしたいというので、私と一緒にリビングで少しだけお話しながら耳かきをしました。 話をすると、きちんと悪いことを悪いとわかってるんです。そして、言い聞かせるように話をしてあげたら、素直になるんです。それでお母さんと一緒に仲良く寝たい、と言って、その後はきちんと一緒におとなしく寝られました。 ちなみに「お父さんとお母さん、どっちの方が(娘を)好きなんだと思う?」って聞いたら迷わず「お母さん」とのことでした。やっぱりそうだよねぇ〜(遠い目)

April 6, 2009 · 1 min · 胡田昌彦

2009-04-06

最近はゲームを作って娘に遊ばせて喜んでいます。個人の趣味の範囲だから著作権もなんのその、娘の大好きなフレッシュプリキュアの素材をすき放題にパクってます。 娘は「ももぞのらぶ」に話しかけてもらって大喜びしていて、見ていると面白いです(笑

April 6, 2009 · 1 min · 胡田昌彦

2009-04-06

娘は色々騒がしい一方、息子は物凄くおとなしいです。個性なんでしょうけど、まだ全然人見知りもしないし、ほっておいたら一人で寝ちゃうことも多いし。娘のときとは全く違います。 2人目ってこういうものなのかも・・・。私もそうだったのかな。(って前も書いた気がするけど、そういう感想ばかり浮かんでくる。) やっとこちらのアクションに反応するようになって来たところ。これからの成長が楽しみです。

April 6, 2009 · 1 min · 胡田昌彦

2009-04-03

私は何度かこの日記にも書いてあるとおり「子どもへのまなざし」に書いてあることを読み、共感して、それを実践しようとしています。 ebi’s diary - 子どもへのまなざし ebi’s diary - 子どもへのまなざし ebi’s diary - 家庭(夫婦)円満のために心がけていること ebi’s diary - 「子どもへのまなざし」再々読 , 笑うようになった 私が考える一番のポイントは以下のあたり。 ““この乳幼児期の育児は、ひとことでいえば、子供の要求や期待に、出来るだけ十分にこたえてあげることです。 (中略) そして、子供の要求に答えてあげて、こちらから伝えたいことは、「こうするんでしょ、そうしちゃいけないんでしょ」と、おだやかに何回もくり返し伝えればいいのです。いらだったり、しかったりする必要はないのです。「いつできるかな、いつからできるかな」と、それだけのことで、だいたいいいのです。 ““子どもというのは、自分で望んだことを望んだとおりに、どのくらいしてもらうかということが自立への基盤です。(中略)「きょう、お父さんは疲れているから」とか、「夜おそいからだめだ」とか、「だめだ」ということを、できるだけいわないでいてあげることが大事だと思います。 手元に本がないので正確な文章ではないですが、「おんぶや抱っこをしてほしいというからいつもしていたら、一人で歩けない子になってしまったなんていう話はないのです。」という話もありました。 応えられる希望には答えてあげ こちらから伝えたいことは穏やかに繰り返し伝え 待つ こうしたいと思ってしてるつもりです。 ですが、嫁からみると違和感があるというこということだそうです。その違和感が表現されているんじゃないかということで以下の記事を教えてくれました。 エッセイ、パパ…エッセイ「パパはチビのヒーローだ!」[おこりんぼ] All About チビタス 嫁がこの文章の中のどの部分をどのようにとらえて伝えてくれたのかがはっきりとはわからないので推測なのですが、一番言いたいことは以下の部分なのではないかと思いました。 ““子供がワガママをいうとき、そのワガママをいちいち叶えてしまうようでは子供のためにはならない。 "” ““かといって、どうしてワガママを言いたい気持ちになっているのかを察してあげられなければ、子供はさみしい思いをすることになる。 "” ““ワガママを「叶えてしまう」ことと「聞いてあげる」ことは違う。 ““その微妙な違いが子育ての、いや、人生のキモのような気がする。 このサイトの著者の考え方と(「子どもへのまなざし」を読んでそれを自分なりに解釈した)私の考え方の一番の違いは「ワガママをいちいち叶えてしまうようでは子供のためにはならない。」という部分です。 叶えられないワガママ。ここの線引きの違いによって違和感が生じているのではないかと思います。私は「やればできること」ならほぼすべて叶えてあげようと思っています。これまた受け売りですが「小さい頃の要望なんて大したことない」し「自分の要望が満たされた経験がないのにいい子になんかなれない」と思うからです。 嫁と私との線の引き方で微妙な位置にあるのは以下のようなことなのではないかと私は思います。 ご飯を自分で食べずに食べさせたがる時に、食べさせてあげるか ご飯を親の膝の上で食べたがる時に、食べさせてあげるか ご飯をまじめに食べない時に、叱るか ご飯を残して食事を終えることを許すか ご飯を残した後で間食したがる時に、許すか ゲームをしたがる時に、させてあげるか お菓子を食べたがる時に、食べさせてあげるか 夜寝る時間になっても遊びたがって騒ぐ時に、つきあってあげるか、叱るか これらに関しては私は「別にしたいならそうさせてあげたらいいじゃない」という考えです。これらはたんなるワガママ(ですらないものもありますが)なのであって、叶えられないワガママではないですし、これらのことは、大人になっても自分でコントロールできない類のことではないので。 いろんなことを叶えてもらって安心して、そうして自分のことや周りのことが信頼できるようになって。そうなることを願っています。 さて、私の思うポイントと嫁の思うポイントはマッチしているでしょうか?結構マッチしていると思うんだけど、どうかな。 で、究極的には記事の最後にもあるように私が嫁の気持ちをくんで、気持ちを満たせてあげられているかどうか、どうしたらそうできるかに帰着すると思っています。そして、その逆もですね。 日記に書いてないで直接話をすればいいと思う人もいるでしょうし、私もそう思います。そして話はもちろんするのですが、自分の思ったことを文章という形で形に残しておくことをしたいんです。娘や息子が大きくなってこのサイト、文章を見つけた時に何かを感じてくれたりしたらいいなぁと思います。

April 3, 2009 · 1 min · 胡田昌彦

2009-03-31

今日は嫁の機嫌が良く(?)、私が思う理想的な対応を娘に対してしてくれていました。先日から今日にかけて嫁の母が来てくれていて、色々おしゃべりできたりしてストレスが発散できたからかな?

March 31, 2009 · 1 min · 胡田昌彦

2009-03-31

というわけですっかり育児日記になっておりますが、その他のところでは以下のようなことをしています。 仕事はまじめにがんばってます。 部下に取らせる資格試験を私も一緒に受けることにしているのでその勉強のようなものを電車のなかでしています。 新人研修の講師を丸2日やらなくてはいけないのでその準備をちょっとづつしています。 娘用のゲームを作りたく、Visual Studio 2008 C# Expressでプログラムを書いていたりします。

March 31, 2009 · 1 min · 胡田昌彦

2009-03-29

娘はずいぶん自分のことを自分でできるようになっては来たのですが、息子が来たこともあってか、甘える部分もずいぶん出てきました。 まず、食事。もう自分1人で食べられるにもかかわらず、だらだら遊びながら食べたり、食べさせてもらったりします。分かっていてやっているのはまず間違いないのですが、きっとそうしたいのだと思います。 夜も、なかなか眠ろうとせずに、遊んだり、本を読んだりしたがります。そのうち叱られて泣き寝入りすることが多いです。 こういう風に甘えていられるのも今のうちだけだから、どうすべきかは伝えこそすれ、そこまで厳しくする必要はないんじゃないかというのが現在の私のスタンスなのですが、はてさて、どうなるでしょうかね。

March 29, 2009 · 1 min · 胡田昌彦

2009-03-29

娘はフレッシュプリキュアが好きで毎日マネをして遊んでいるのですが、そのくせ、テレビの番組自体は見たがりません。敵が怖いんだそうです。そして、プリキュアがやられるところを見ると泣いてしまいます。「がんばれー!」といいながら2人で見たりもしますが、本当に目が必死で、涙がたまっています(笑。 私も小さい頃はこうだったのかな?

March 29, 2009 · 1 min · 胡田昌彦

2009-03-25

娘が3歳になり、しつけや嫁との意見の違いにもちょっと悩む今日この頃。「子どもへのまなざし」を再々読しました。読むたびにはっとさせられます。今回は心に強く残った部分を引用しておきます。 ““この乳幼児期の育児は、ひとことでいえば、子供の要求や期待に、出来るだけ十分にこたえてあげることです。 “"(中略) ““そして、子供の要求に答えてあげて、こちらから伝えたいことは、「こうするんでしょ、そうしちゃいけないんでしょ」と、おだやかに何回もくり返し伝えればいいのです。いらだったり、しかったりする必要はないのです。「いつできるかな、いつからできるかな」と、それだけのことで、だいたいいいのです。 ““親や保育者の希望ばかりを、子供に強く伝えすぎてしまう、賞罰を与えるというか、そういうやり方で、早くいい結果をだそうとする。あるいは大人の方が楽をしようとする。そういう育児がよくないのです。 ““つぎの時代を生きる子どもたちに、十分に愛されることの喜びを与えること、育児はそれで十分なのですね。人間は愛されることから、生きる喜びを感じはじめるのですから。 ““ようするに、いまは、人とのまじわりの絶対量がたりないのだと思います。これを苦痛ではなく、わずらわしくなく、楽しめるくらいになる。それぐらいの人とのまじわりの努力は、日々しようではありませんか。自分の子どもを人様に預けよう、人様の子どもを預かろうではありませんか。 ““子どもというのは、育つというよりは育ち合う存在ですから、この「育ち合う」ということを、子どもを育てている人たちは、よく考えるべきです。自分の子どもが育っているということは、自分の子どもといっしょに、育ち合ってくれる子どもがたくさんいるということなのです。 ““子どもは、本当にいろんな人との関係のなかで育ち、仲間との交流をとおして、たがいに育ち合うのです。ですから、子どもを育てるということは、まず親自身が、どういう人たちと、どのようにコミュニケーションをしながら、地域社会で日々生きているのかということを、子どもにお手本を示すことが必要でしょう。 ““教育とか育てるということは、私は待つことだと思うのです。「ゆっくり待っていてあげるから、心配しなくていいよ」というメッセージを、相手にどう伝えてあげるかです。 ““しつけをするときだって、けっしていそぎませんでした。おむつがとれないなんて子は、世の中にいないんだというくらいの気持ちは、だれでももっていました。お箸でうまくご飯を食べられなくたって、だれだってそんあことはできるようになるのだから、競争しない、あせらない、いそがない、こういう育児であったのです。 ““人間というものは、どこかで全面的に受容される時期があればあるほど、安心して自立していけるのです。自分が全面的に受容されるということは、ありのままの自分を承認されるということです。ありのままを承認されるということは、子どもにとっては、このままで私はいいのだという安心感、すなわち、自信になるのです。人生のできるだけ早い時期に、この安心感が与えられることがだいじなのです。 ““子どもは自分を確立していくために、たえず依存と反抗をくり返します。子育てのやっかいさは、親に依存してきながら、それでいて反抗してくることです。 ““子どもは親を信じているから反抗しているのだと、認識していればいいのです。 ““反抗期というのは、幼い子どもにとっては、相手に安心できるから反抗できるということなのです。幼い子どもは、相手に対して安心感がなければ、反抗などできないものです。ですから相手を信じて、安心して自分のいいたいことをいったり、やってみたいことをやっているわけです。そういう機会を奪われた状態では、自分というものが育たないということも事実なのです。 ““赤ちゃんが望んでいることならば、なにをどれだけしてやっても、やりすぎということはありません。ですから、乳児期の育児には過保護ということは無いと思います。 ““自分の望んだことを望んだとおりに、十分してもらえている子どもが、相手のいうことを心から聞きはじめるのです。ですから、最初から親の希望をよく聞いて、あれこれしてくれたら、いい子だちおう発想の育児はまちがいなのです。 ““親にいろいろとやってもらうから、本当にいい子になるのです。「何ちゃんはおりこうだから、こうしたら、ああしてあげる」というのはいけないのです。 ““しつけというのは、子どもの自尊心を傷つけるようなやり方でしようとしては、ぜったいにいけないのです。それはしつけなんかではないのです。反逆心、敵意、憎しみ、そういう感情を内在化させるだけです。大人と子どもなのですから、対等じゃないのですから。 ““子どもの自律というのは、しつけをつうじて育てるのですが、こうしてはいけません、こうしなければいけませんということを、優しく、できるまでくり返しくり返し伝えるのです。失敗すれば、また教え伝えるのです。伝えるところまでがしつけでありまして、いつからできるようになるかは、子どもまかせにしてあげるところに、しつけのいちばん重要な鍵があるわけです。 ““ですからいちばんいけないのは、おしっこを教えるのに、「でるまですわってなさい」と、こういう態度です。(中略)子どもに決めさせてやらないのですから、自律性が育つはずがありません。 ““私はつねづね思っていますが、子どもというのは、親のいうことはなかなか聞きません。けれども、親のしていることは学ぶし、よくまねをすると思いますね。 ““幸せということは、物事に感謝できる、そういう喜びをもつということですが、まず自分自身が幸せでなければ、子どもを幸せにすることなんかできないのですね。幸福な人に育てられないで、子どもが幸福になるなんていうことは、ありえないと思います。ですから、子どもを育てることが喜びであり、幸せであるという人に育てられる子どもは、本当に幸せだと思います。 “"「ああでなくてはいやだ、こうでなくてはいやだ、こうあってほしい、あああってほしい」という気持ちがない親というのはいませんが、子どもが安心できる親は、それが小さいということです。ありのままの子どもで十分満足だという気持ちに、親がどれだけなれるかということがたいせつなのです。 ““その子が望むことをどれくらいしてあげられるかが、たいせつなことなのですね。お風呂でゆっくり遊びたいといったら、その子といっしょに、ゆっくりと入ってあげられるかどうか。おふねをもって、バケツをもって、ジョウロをもってゆったりと遊ぶことができるかどうか。あるいは、夜、お母さんといっしょに、添い寝をしてもらって休みたいといったら、そうしてあげられるかどうか。食後にテレビをみるときに、お母さんやお父さんのひざにのっかって、テレビをみたいといったら、親がそのことを、ゆっくりさせてあげられるかどうかということが、ひとつひとつだいじなことなのです。 ““子どもというのは、自分で望んだことを望んだとおりに、どのくらいしてもらうかということが自立への基盤です。(中略)「きょう、お父さんは疲れているから」とか、「夜おそいからだめだ」とか、「だめだ」ということを、できるだけいわないでいてあげることが大事だと思います。 ちょっと引用量が多すぎて問題があるかもしれませんが、ぜひ書いておきたいのでたくさん書いてしまいました。自分を振り返ってみて反省することが沢山あります。また心を入れ替えて育児を楽しもう。 子どもへのまなざし - ebi’s diary (2006-03-17) 「子どもへのまなざし」が良い本すぎて涙なくして読めません。 - ebi’s diary (2006-03-24) 子どもへのまなざし - ebi’s diary (2008-07-31) 子どもへのまなざし 佐々木 正美 福音館書店 売り上げランキング: 835 Amazon.co.jp で詳細を見る

March 25, 2009 · 1 min · 胡田昌彦

2009-03-25

息子がこちらに反応して笑うようになってきました。ちょっとだけうーうーしゃべったりとか。ますますかわいくなってきました。

March 25, 2009 · 1 min · 胡田昌彦

2009-03-22

嫁が搾乳したものを哺乳瓶で息子に飲ませてみました。今後必要がある時に飲ませられるように、その練習です。 消毒したり、温めたり、なかなか面倒ですが、それでもちゃんと全部上手に飲んでくれました。なんだか不思議なほんわかとした気分になりました。 これで、嫁が長時間どこかに出かけたりしても大丈夫かな。

March 22, 2009 · 1 min · 胡田昌彦

2009-03-22

娘がお風呂で水(お湯)に顔をつけることができるようになりました。ずいぶん前から挑戦しようとしていたんだけれども、なかなか勇気がでなかったのですが、一度やってみたら面白くなったようです。 今年の夏は本格的に泳ぎを教えてみようかなと思います。

March 22, 2009 · 1 min · 胡田昌彦

2009-03-22

そろそろしつけに悩む中、娘と二人で遊びにいって、その帰りに雨が降り、3歳の娘をスリングに入れて傘をさし、歩きながら色々話をしました。娘の要求にしっかりと付き合ってあげて、ゆっくり話をできる時に話をする。娘もきちんとわかっているようだし。 すぐに行動に結び付かなかったとして、こういうことをしっかり続けていこうと思ったのでした。

March 22, 2009 · 1 min · 胡田昌彦

2009-03-21

今日は3連休の真ん中の日・・・なのでそろそろ体力的につらい感じです(笑)。色々買い物をしたり、外食をしたり、(嫁の)携帯の機種を変更したり。 娘がますますプリキュア好きになっていて、子供が遊ぶところで一緒になった知らない子にまで「私はキュアピーチなんだから!」とか言ってるし・・・。

March 21, 2009 · 1 min · 胡田昌彦

2009-03-21

それにしてもなぜ携帯電話の周りはあんなにも胡散臭い商売になってしまっているのですかねぇ。オプションを契約すると携帯本体が安くなるとか、1月だけ契約してオプションは解約してしまってもいいとか、新規なら0円だけど、機種変更なら4万円とか、携帯を買うと無理やりクレジットカード作らされるとか、携帯に(なかば無理やり)クレジット機能つけられるとか、ボタン一発で数千円課金されてしまう機能があるとか、どう考えても健全じゃない。販売奨励金がなくなってちょっとはましになったのかと思ったら・・・。 Docomoのメール受信時にもお金がかかるという仕組みも改善されていないし。金銭的な打撃を与えることが、その人の携帯のアドレスを聞きだすだけであとは簡単に足がつかないようにできちゃうなんてなんてゆがんだ世の中なんだろう。私程度の知識でも、簡単に自動化してできちゃうもんなぁ・・・。 でも、嫁は携帯の機種を変更してずいぶん嬉しいようなのでそれはよかった。メーカーの戦略にはまってパケ放題を普通に使い続けるようにならないことを祈る・・・。 私は、今のSoftbankの2Gのサービスが終わるタイミングで手放すか、iPhoneを持つか、どちらにしようか考え中。

March 21, 2009 · 1 min · 胡田昌彦

2009-03-21

息子はうんちがほおっておくと3日に1回くらいしか出ていないようです。あんまり出ない時にはオリーブオイルを綿棒につけて、肛門から刺激してあげるようにしているのですが(私は今日はじめておしえてもらった)、別にでるうんちは硬いわけではありません。 気がかりQ&A 調べてみると、別に大丈夫のようですが、たまってくるとお腹を触った感じが硬い感じになるので、ちょっと気になる・・・。まぁ、今日、やり方をおしえてもらったので、私がちょこちょこやってあげよう。 このこと以外は何も問題がない、というくらいに非常におとなしいし、よく寝る子です。娘とは大違い。

March 21, 2009 · 1 min · 胡田昌彦

2009-03-21

娘がそろそろ色々と、親の困るようなことをするようになってきました。否定せず、肯定してあげたいけれども難しい場面もあります。嫁も一緒の場面ではほぼ先に嫁が厳しく叱りだし、娘がそれに反発します。 どうやったらうまく行くのかは、これからがんばって模索していかないといけません。 否定せず、肯定してあげたい。できないことを否定するのではなく、少しでもできていることを褒めてあげたい。頭ではそう思っていても、実践するのはなかなか難しいのであります。 まず、親が心穏やかでいてあげなくては、ね。

March 21, 2009 · 1 min · 胡田昌彦